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仙台高等裁判所 昭和36年(う)483号 判決 1961年10月24日

控訴人 被告人 林鬼蔵

弁護人 松坂清

検察官 鶴田正三

主文

原判決中判示第一の(一)(二)および第二の(一)に関する部分を破棄する。

被告人を原判示第一の(一)、第一の(二)の前段(救護の義務違反の部分)および第二の(一)の罪につき禁錮六月に処する。

本件公訴事実中第一の(二)の後段の報告の義務違反の点につき、被告人は無罪。

原判示第二の(二)の部分に関する控訴を棄却する。

理由

本件控訴趣意は、弁護人松坂清名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意に対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

控訴趣意中事実誤認の主張について、

論旨は、原判示第一の(二)につき、被告人は被害者から救護の必要が全くない旨告げられ、それに従つて行動したのであるから、被告人につき救護の義務違反の罪は成立しないと主張する。なるほど、被告人は、原審第一回公判期日において、「木目沢高雄にけがをさせた後、同人にどうですかと言つたら、同人が痛むけれども大丈夫だと答えたので、そのままにして行つた」旨述べている。しかし、医師吉田仁作成の診断書、木目沢高雄の司法警察員に対する供述調書および被告人の検察官に対する供述調書によると、木目沢高雄が被告人の運転する自動三輪車に衝突され(所論のように単なる接触程度の事故とは認められない)、約三週間の安静加療を要する右胸部および右上腕部の打撲傷を負うたことが明らかであるから、被告人は当時道路交通法第七二条第一項前段の命ずる負傷者救護の義務を負うていたものといわなければならない。ところで、右傷害はさして重篤なものではないとしても、その受けた部位、その予測された治療日数等の点から観察すると、打撲傷としてはけつして軽微なものではないのであつて、したがつて、当時、被害者は、他人に話しかけられて応答もできないような心身の状態にあつたものとはいえないとしても、受傷部位に相当はげしい苦痛を覚えたものと推測される。されば、木目沢弘は、司法警察員に対する供述調書において、兄である被害者と同行していて目撃した同人の受傷当時の状況につき、「右側を歩いていた兄がガンという音とともに顔を私の方に向けてひつくり返つたので、驚いて見たところ、着ていたジャンバーの右肩から肘にかけて裂けていた。兄は右腕と脇腹にけがをしたようで、倒れたまま苦しがつていたので、病院と思い、ハイヤーを頼むため御厩駐在所に行つた」旨述べているのである。かように倒れて苦しんでいる被害者が、被告人から大丈夫かと問われて、大丈太だと答えるということは、いかにも不自然である。かりに被害者がそのように答えたとしても、倒れて苦しんでいる同人の姿を当然見たものと認められる被告人が、その被害者の言葉を救護を必要とする程度の異状が全くないという意味と解し、そのように信じたということは首肯しえないのである。のみならず、被告人は、検察官に対する供述調書において、「車から降りて倒れている人にどこが痛いのかと聞いてみたが、苦しいんだと言つているので、阿部と二人で車を堀から上げたが、事故を警察に報告すれば、酔払い運転をしたことがばれるので、そのまま車を運転して逃げてしまつた」と述べ、司法警察員に対する昭和三六年四月四日付供述調書においても同旨のことを述べ、被害者もまた、司法警察員に対する供述調書において、「運転者が降りて来て、私に大丈夫かと言つてから、自動車を寄せるからと言つて運転台に乗つたと思つたら、綴方面に逃げた」と述べているのであつて、両名とも、右各供述調書においては、被害者が被告人に対し大丈夫だという意味の応答をしたというがごとき事実を述べていないのである。両名が捜査官に対し被害者において右のような応答をしたにかかわらず、そのことがことさらに調書の記載から省かれたと疑われるような証跡はない。被害者の受けた程度の傷害を負うた者が、大丈夫かとの問に対しなんらかの応答を発することが経験則上通常であると認めねはならぬものではない。以上かれこれ勘案すると、被告人の原審公廷における前掲供述は措信することができないのであつて、被告人は被害者を救護する必要がないと信じたため、その措置をとらなかつたのではなく、酩酊運転による交通事犯の発覚を恐れたため、負傷者救護の措置をとらないでそのまま逃走したものと認めるのを相当とする。しただつて、被告人は道路交通法第七二条第一項前段の救護の義務違反の罪責を免れることができない。

ちなみに、被告人は、原審第一回公判期日において、「被害者に対し住所、氏名を告げた」と述べている。しかし、被告人および被害者は、前掲各供述調書において、そのような事実を述べていない。かえつて、右各供述調書の全趣旨に徴すると、かかる事実のなかつたことが推認される。のみならず、木目沢弘の司法警察員に対する供述調書、本多一好の検察官に対する供述調書および同人作成の捜査復命書によると、内郷警察署勤務巡査本多一好は、被害者側から本件事故による被害の申告を受けた同警察署御厩巡査駐在所勤務小坂巡査から、右事件の報告を受けたが、次いで、被告人から被告人名義による、右三輪車の盗難被害にあつた旨の電話申告を受け、被告人を右警察署に出頭させて事情を聴取したが、被告人が酩酊しており、その言動に不審の点が多く、被告人に酩酊運転の前歴もあるところから、その申告に疑惑を抱き、前記駐在所に来所中の被害者らから事故の状況を聴取するにおよんで、被告人が本件事故をひき起した犯人であることの嫌疑を深め、被告人を右駐在所に呼び寄せ、被害者らに面接させた結果、被害者によつて被告人がその犯人であることの確認をえたもので、本件事故をひき起して逃走中その運転する自動三輪車を堀に落しこれを乗り棄てた被告人が前記盗難の虚偽の電話申告をしたものであることが認められる。以上捜査の経過に徴しても、被告人が事故直後被害者に住所、氏名を告げて当の責任者であることを明らかにした事実のないことが看取される。論旨は理由がない。

控訴趣意中量刑不当の主張について、

原判決は、被告人を原判示第一の(一)(二)および第二の(一)の各罪につき禁錮六月に、原判示第二の(二)の罪につき罰金七、〇〇〇円に処している。

原判決中第一の(一)(二)および第二の(一)に関する部分は、後に説明するとおり法令適用の誤により破棄さるべきものと認められるから、右各罪に対する原判決の量刑が不当である旨の主張に対する判断は、これを省略する。

第二の(二)の罪については刑法第四八条第二項より右罪につき定めた罰金刑と他の罪につき選択的に定めた罰金刑との合算額以下において処断するのを相当とする場合にあたらないと認められ(後記自判の部における量刑参照)、したがつて、ここで第二の(二)の罪のみに対する原判決の量刑の当否を判断するに適すると認められるので、この点につき検討すると、記録上明らかであるとおり、被告人は、昭和三四年四月三日平簡易裁判所において窃盗、賍物故買、同運搬の各罪により懲役一年および罰金三、〇〇〇円、保護観察付の三年間右懲役刑の執行猶予の言渡を受け、昭和三五年中連続して五回にわたり同簡易裁判所において交通事犯により罰金刑もしくは科料刑に処せられたこと、第二の(二)の犯行は、右執行猶予期間中に、しかも被告人が第一の(一)の罪等を犯し司法警察員の取調を受けた後いくばくもなくして犯されたものであることを考慮すれば、記録に現われた被告人の経歴、境遇、過失の内容、危険発生の程度その他諸般の情状を検討しても、原判決の量定した罰金七、〇〇〇円の刑が重すぎるとは認められない。論旨は理由がない。

次に、職権をもつて調査すると、

(一)、原判決は、罪となるべき事実第一の(一)において、酩酊運転の事実と業務上過失傷害の事実を判示し、両者を併合罪として処断している。しかし、原判決の認定した第一の(一)の事実は、これを要約すると、自動車運転の業務に従事していた被告人が清酒約四合を飲んで、かなり酔い、前方注視が困難になり、正常な運転ができないおそれがある状態になつたのであるから、このような場合、自動車運転者としては、酔いをさまして正常な運転ができるようになるまで運転を見合わせ、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにかかわらず、被告人は、これを怠つて自動三輪車を運転した不注意により、進路前方左側を同一方向に歩行していた木目沢高雄を発見できず、自動三輪車の左側アングル辺を同人に衝突させて、同人に傷害を負わせたというのである。すなわち、本件業務上過失傷害における過失の内容は、被告人が、酒に酔い、前方注視が困難になり、正常な運転ができないおれがある状態にある自動車運転者として当然守るべき、酔をさまして正常な運転ができるようになるまで運転を見合わせ、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を怠つて、自動三輪車を運転したこと自体であり、換言すれば、酩酊運転そのものが業務上過失傷害における過失の内容をなしているのである。かような場合酩酊運転と業務上過失傷害とは一個の行為で数個の罪名に触れるものとして、刑法第五四条前段第一〇条により処断さるべきである。したがつて。原判決が両者を併合罪として処断したのは、法令の適用を誤つたものであり、この誤は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

なお、原判決は、罪となるべき事実第二の(二)において、被告人が酒気を帯び過失により安全運転の義務に違反した事実を判示しているが、その判文は、措辞妥当を欠くものがあり(たとえば「酒気を帯びた過失により」と判示する点等)、注意義務および過失の内容がやや明確を欠くうらみがないではない。しかし、右判示事実に対応する公訴事実と対照し、引用証拠を参酌すると右判文は、被告人が安全運転をしなかつた当時における状況確認等の注意義務に違反したことを過失と認めたもので、酩酊運転そのものを過失と認めた趣旨ではないと解するのが相当である。

(二)、原判決は、罪となるべき事実第一の(二)において、被告人が第一の(一)の傷害事故をひき起しながら、負傷者木目沢高雄に対し救護の措置をとらず、かつ、この事故に関し法令所定の警察官に対する報告をしなかつたと判示し、救護措置をとらなかつた点につき道路交通法第七二条第一項前段第一一七条罰金等臨時措置法第二条第一項を、報告をしなかつた点につき道路交通法第七二条第一項後段第一一九条第一項第一〇号罰金等臨時措置法第二条第一項をそれぞれ適用して処断している。しかし、交通により人の死傷または物の損壊をひき起した車両の運転者等のいわゆる「ひき逃げ」の場合に、道路交通法第七二条第一項前段の、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講ずべき義務(以下救護等の義務と称する)違反と、同項後段の、警察官に当該交通事故が発生した日時および場所その他所定の事項を報告すべき義務(以下報告の義務と称する)違反とがともに成立しうるものとする原判決の見解は、正当とは認めがたい。通常、救護等の義務を尽さないような者に対しては、報告の措置をとることを期待しえないのであるから、救護等の義務違反には報告措置の不遵守が随伴するものと認められるのであり、また、右法条各項を綜合的に観察し、この観点から第一項の趣旨を把握すると、その後段も、究極においては、その前段と同様、負傷者の救護、道路における危険防止等必要な措置により被害を最小限度にくい止めるとともに交通の安全を回復することに遺漏なきを期するための規定であつて、両者とも立法の趣旨を同じくすることが明らかであり、しかも、前段の救護等の義務違反の罪の法定刑(法第一一七条-一年以下の懲役または五万円以下の罰金)は、後段の報告の義務違反の罪の法定刑(法第一一九条第一項第一〇号-三ケ月以下の懲役または三万円以下の罰金)よりはるかに重いのであるから、救護等の義務違反の罪責を問う以上、さらに報告の義務違反の罪責を問うべき実質上の理由は乏しいものといわなければならない。次に、法文の建て方から検討すると、前段は救護等の義務を規定し、後段は「この場合において」という書き出しのもとに報告の義務を規定している。「この場合において」という文言は、語法上前段全文を受けるものと見るべきで、交通事故を起し、車両等を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講ずる場合の意味に理解すべきであり、したがつて、後段の報告の義務は、右の前段の措置を講ずる場合を前提として規定されたものというべきである。以上により勘案すると、いわゆる「ひき逃げ」の場合には、救護等の義務違反のみが成立するのであつて、あわせて報告の義務違反の成立する余地がなく、報告の義務違反の成立するのは、救護等の義務を履行したが報告の措置をとらなかつた場合にかぎると解するのが相当である。したがつて、原判決が第一の(二)において救護の義務違反のほかに報告の義務違反の成立を認めたのは、法令の解釈適用を誤つたものであり、この誤は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

よつて、原判決が罰金刑を量定した原判示第二の(二)の部分に関する控訴は理由がなく、かつ、さきに説明したとおり右罪は他の罪との関係で刑法第四八条第二項により処断刑を定めるのを相当とする場合にもあたらないと認められるから、刑事訴訟法第三九六条により原判決中第二の(二)の部分に関する控訴を棄却し、原判示第一の(一)および第一の(二)の後段(報告の義務違反)については破棄の理由があり、かつ、原判決は第一の(一)(二)および第二の(一)を併合罪としてこれにつき一個の禁錮刑を科しているのであるから、同法第三九七条第三八〇条により原判決中右各罪に関する部分全部を破棄し、同法第四〇〇条但書により当裁判所は右部分につき次のとおり判決する。

原判決が証拠により認定した罪となるべき事実第一の(一)、第一の(二)の前段(「救護の措置をとらず」までの部分)および第二の(一)に法令を適用すると、第一の(一)および第二の(一)の各酩酊運転の点は道路交通法第六五条第一一八条第一項第二号同法施行令第二七条罰金等臨時措置法第二条第一項に、第一の(一)の業務上過失傷害の点は刑法第二一一条前段罰金等臨時措置法第二条第一項第三条第一項に、第一の(二)前段の救護の義務違反の点は道路交通法第七二条第一項前段第一一七条罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するところ、第一の(一)の酩酊運転と業務上過失傷害とは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段第一〇条により重い後者の罪の刑による一罪とし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、これに関する同法所定の規定に従い処断刑を定めるべきところ、さきに第二の(二)の罪に対する量刑事情として説明した被告人の犯歴および記録上明らかであるとおり被告人が第一の(一)および第一の(二)の前段の各犯行を犯し検挙されて取調を受けたにかかわらず、いくばくもなくして第二の(一)の犯行を犯したことを考慮すると、犯情は重いと認めざるをえないから、業務上過失傷害の罪につき禁錮刑を、救護の義務違反および酩酊運転(第二の(一))の各罪につき懲役刑を選択したうえ、同法第四七条本文第一〇条により最も重い業務上過失傷害の罪につき定めた刑に法定の加重をした刑期範囲内で、被告人を禁錮六月に処し、当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。

本件公訴事実中第一の(二)の後段の「自動車を運転して公訴事実第一の事故を惹起しながら、この事故に関し法令に定める警察官に対する報告をしなかつた」との点(原判示第一の(二)の後段の事実)は、さきに説明したとおり罪とならず、かつ、他の公訴事実と併合罪の関係にあるとして起訴されたものと認められるから、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決をする。

(裁判長裁判官 細野幸雄 裁判官 斎藤勝雄 裁判官 有路不二男)

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